農産物検査制度の歴史

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日本の農産物検査制度の歩み

1. 黎明期:地主と商人のための検査(明治〜大正)

制度の始まりは、「品質を高めて高く売るため」や「地主と小作人の争いを防ぐため」でした。

明治中期(1890年代〜):

当初は、地主や米商人が作った同業組合などが自主的に検査を行っていました。

当時は米の品質が悪く、輸出や県外販売で不利だったため、品質向上(=富国強兵の一環)が目的でした。

明治末期〜大正:

品質の統一を図るため、検査が「県営(都道府県ごとの運営)」へと移行し始めました。

2. 統制期:国家による厳格な管理(昭和戦中〜戦後)

戦争と食糧難により、お米は「商品」から「国家の管理物資」へと変わりました。

1942年(昭和17年):食糧管理法(食管法)制定

政府が米をすべて買い上げ、国民に配給する制度が始まりました。

1951年(昭和26年):農産物検査法 制定

現在の制度のベースとなる法律です。当時は政府が買い入れる価格を決めるために、国(食糧庁)の職員が全量を強制的に検査していました。「1等・2等」という格付けは、政府がいくらで買い取るかを決めるための基準でした。

3. 転換期:規制緩和と民営化(平成初期〜中期)

食生活の変化や米余りにより、国の管理から市場原理(自由競争)へとシフトしました。

1995年(平成7年):食糧法 施行(食管法の廃止)

政府が管理する米以外に、農家が自由に売れる「自主流通米」が主流になり始めました。

2000年(平成12年):農産物検査法 改正(民営化の開始)

「小さくて効率的な政府」を目指す流れの中で、検査業務が国から民間へ開放されました。

それまで国の公務員が行っていた検査を、農協(JA)や集荷業者などの**「登録検査機関」**が行えるようになりました。

2006年(平成18年):完全民営化

国の検査官による検査が廃止され、完全に民間の登録検査機関へ移行しました。

4. 現在:表示のための検査へ(平成21年以降)

現在は、「義務」から「信頼の証」へと性格を変えています。

2009年(平成21年):検査の義務化を廃止

これ以前は、お米を流通させるには必ず検査を受ける必要がありましたが、法律改正により検査を受けなくてもお米を販売できるようになりました(未検査米)。

しかし、実質は必須(表示のルール)

検査義務はなくなりましたが、「食品表示法(旧JAS法)」のルールにより、農産物検査を受けて証明書がないと、パッケージに「産地・品種・産年(例:新潟県産 コシヒカリ 令和6年産)」を表示してはいけないことになっています。

 

現在のルール規制改革により、農産物検査を受けていない場合でも、以下の条件を満たせば産地、品種、産年を表示することが可能です。 

表示の根拠資料の保管義務: 表示内容(例:「コシヒカリ」)が事実であることを証明できる客観的な根拠資料(生産記録、仕入れ伝票など)を保管する必要があります。
根拠資料の確認: 消費者庁や農林水産省などの担当者から求められた際、その資料を速やかに提示できるようにしておく必要があります。
米トレーサビリティ法:米穀の取引・流通においては、米トレーサビリティ法に基づき、産地情報の伝達や取引記録の作成・保存(原則3年間)が別途義務付けられています。